bouzan takami

書的田舎暮らし

アーティストからサラリーマンになる

 

直島誕生 秋元雄史著

著者の経歴を見ると、現代アート作家として作品を制作しながら、アート関係のライターをしていた。公立美術館で招待出品をするようになっていたが、生活は不安定だった。

35歳のとき新聞の求人欄にベネッセが運営する美術館の学芸員の募集を見た。創作活動から離れて生活のためにライターの仕事に忙しく、煮え切らない日々を過ごし、自分だけが取り残されていくような感覚を抱いていた時期だったので応募した。その時の気持ちは作品制作がダメでも、何か別の形でアートに直接かかわろうと思っていた。

35歳の中途採用として企業が運営する美術館に勤めるのは、自由に生きてきたアーティストにとって毎日朝早くから出勤することからして大変だったようです。価値を認められた美術作品より現代を生きるアーティストの作品を展示する美術館にするのはやりがいはあっても大変だったと思います。

戦後の日本はアメリカの占領政策の文化的な展開として、歌や音楽、映画、アニメなどから抽象表現主義ポップアート、ハイアート、デザインにいたるまでアメリカの影響を受けてきた。これが、今の課題や現実から逃れて、過去の日本的価値か、未来のアメリカの価値のいずれかのなかで物事を考えるという、文化に対する思考の無責任主義をもたらしたと著者はかんがえて、直島のアートを日本の現代アートとして世界的に評価されるアーティストをとりあげて直島に残すようにした。

独自性こそが普遍的なものであるというコンセプトで美術館を運営しています。それは今も直島にコアな思想として残っていて、瀬戸内芸術祭にもつよい影響を残しているようです。

ベネッセを退職して金沢21世紀美術の館長に就任されて、多くの観客を集める美術館にすることができたのも土地のリアリティと独自性を重要視しているからだと思います。

追記

アーティストからサラリーマンになれるし、サラリーマンからアーティストになれます。アートの仕事はアーティストにならなくても学芸員ギャラリスト、コレクターなど関連の仕事はいくらでもあるので、途中で方向転換するのも良いかもしれません。